まだ見ぬ君に 61.12.08

気付きのカケラ、と健忘録

コミュニケーションを考える時に少しだけ意識してみる

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コミュニケーション云々という話は個人や組織でよく話題になります。ただ各々の定義が異なるケースも多くて混乱するというか話が整理し辛い様子も。
例えば話し出す前にコミュニケーション自体と、手段、技術、ツールの4つに分けて整理するのはどうでしょう。

 動物、虫なども含めて植物も様々なコミュニケーションを行います。目的は求愛や威嚇など様々ですが手段は五感の中のいくつかの器官を使って行います。見た目や動き声は手段であり、複雑なツールを使うのは人間の専売特許でしょう。

 人間はツールを大きく発展、進化させました。視覚に関わる手紙や聴覚の電話などのツールは距離や時間の制約を減少させ、今はテキストや画像の他にも他器官による手段を用いたコミュニケーションツールも出ていますね。また、アバターを含めた自分が自分らしく表現できる場を含めたツールは豊富ですし、ある意味リアル以上に拡張されています。これらのツールの多くは当たり前に存在して次第に生活に溶け込んできました。これらはとても重要ですがツールでコミュニケーションの本質ではありません。

 コミュニケーション手段について少し補足すると大半は話すか書くいずれかです。優劣は無く、何らかの制約や得て不得手により一方を中心に利用するケースが多くなります。手段としての書くと話す両方優れる人は稀です。ですから多くは自分の得意な方を使いたがり、余り相手の聞くと読むを意識しません。話すのが得意な人が、聞くより読む方が得意という人に伝えると上手くいかない場合があります。苦手を使うのはまず面倒臭く上手く行くイメージが湧きにくいというのもあります。いずれにしてもコミュニケーション全般と捉えるよりも手段の問題と捉えると論点がはっきりします。だから評価も原則的には両方見る機会を作りますね。いずれが得意かは、例えば愛の告白をする時に自分の思いを何よりも伝え易いのは話すか書くかいずれか。そう尋ねれば得意な一方を選ぶでしょう。ちなみに読むと聞く二つでどちらが得意かというのは同じ会社での仕事など、一定条件が揃わないと複雑で一概には言えません。

 仕事なら適切なツールと環境さえ整えば対面でなければダメだという業務はすぐには浮びません、あるのは業種でしょうか。解像度や遅延に音質などの環境も含まれますが、5G目前の今なら解決はコストと時間の方が問題に浮上します。
仮にツールが原因で情報収集が限定的になったとしても、多くの場合は得られない不安からより丁寧に情報を集めて補おうとします。従来の固定電話で雑音無く息遣いを感じていれば、電話でも感情面やストレスなどを含めた情報を得られるのと類似しますね。逆に対面で情報量が多すぎると、コミュニケーション技術の未熟さなどから処理できない情報に飲まれてしまう可能性もあります。

 ここまでコミュニケーションそのものについての話しはしていません。理由は余りにもコミュニケーションの定義が人、組織、社会の様々な集団で異なるためです。コミュニケーションとはと尋ねるとツールや手段の話をする人も多数いますし、技術的な問題の改善を上げる人もいます。ツールや手段、技術を使うコミュニケーションとはそもそもどう定義するかとなると曖昧模糊になる事が多いのです。

そんな訳で、コミュニケーションそのものと、手段、技術、ツールは分けて考えると互いの論点がはっきりし易いという話でした。お役に立てば。