まだ見ぬ君に 61.12.08

気付きのカケラ、と健忘録

MacBook 2017

f:id:sorari1701d:20200816202743j:plain人気があったとは言えないMacBook 2017も使い始めて3年目になる。2019年7月に販売終了になった予備機兼外出仕様はCore m3に8GB、256GBというミニマムな仕様。

元々は顧客先で一日中使うMacBookProにトラブルがあった時のバックアップのためにRetinaディスプレイ解像度2304 x 1440ピクセルが必要だった。それに2台持ちには楽な0.92kgの軽量さとProと同じACや大容量モバイルバッテリーが使える利点で使い始めた。ちなみにMacbook Airは1.29kgと370g重くなる。合わせて持ち歩いているiPad miniの重量300gよりも重い。

遅いのはエクセルで大量の関数とグラフを8つほど表示させながら作業をするときくらい。メモリーの影響もありグラフ表示がモッサリしてしまうのは残念だけど、ワードは問題無いから気にしない。後継機種が出ることはないのだろうなぁ。
iPad Proに軽めのキーボードとスタンドを付けて持ち歩くより、やはりクライムシェル型はどこでもラップトップ利用できるしタイピングが楽なので手放せない。故障せずに元気に活躍して欲しいお気に入りのマシーンの一つ。

星空

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75年前を過去という、ならば40年前はどうだろう
97年前なら違うというのか
見知らぬ国の関わらない戦いは、昨日をもう過去と呼ぶ

経験した昔と、知らない昔が、同じ時を隔て変質していく
心に彫り込まれた昔だけが、変化し続けて今を生きている
関わらない過去は、固定され置物のように時間に埋もれて風化する
時だけで昔を確定できない
深い関わりが作る思いが、幾重に折り畳んだ時間の先に、瞬時に帰れる昔を作る

苦しみと痛みとの心中は、過去ではない今この時の痛み
昔に抱かれ、昔に苦しむ
誰のものでもない自分だけの大切な痛みを、ただ一人で抱きしめて心が泣く
癒さず、ただ曖昧にさせる時間に、すがり付くしかないときもある
でも生きる。変えたいとものがある限り、昔が生きている限り

 

僕の知っていたサン=テグジュペリ 筆者レオン・ウェルト

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巻頭エッセイで池澤さんが城砦に触れている。
「人間はそのままでは人間ではない。生に意味を与え、方向を与え、それによって精神を吹き込まれてこそ人間となる」この後続く話が続くのだが、この精神は人間の大地でも強く感じていた。なお、引用した文にある”意味”と”方向”には同じサンスとルビが振られている。名詞sensの意味に触れると意味、感覚、方向。納得すると共にこの言葉の使い方がサン=テグジュペリが好きな理由の一つでもある。

 さて、本の作者はレオン・ウェルト。
サン=テグジュペリ星の王子さまを献呈した相手だ。少し引用すると「この本を一人の大人に捧げることを許してほしい、とぼくは子供たちにお願いする。」で始まり、「小さな男の子だった時のレオン・ウォルトに」と続いて、物語の本文が始まる。

 サン=テグジュペリが好きな人には特にお薦め。
強い絆、友情、かけがえの無い関係だったことが分かる話が手紙と日記を中心に綴られる。日記は1940年代に書かれたものが中心で、星の王子さまが書かれた時代だ。今から約80年前の手紙と日記はナチスドイツがフランスに侵攻した頃であり筆者はユダヤ人。明日は8/15。第二次世界大戦を思うと献呈の言葉が違って聞こえてくるかもしれない。

走る牛

 

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旅先で見かける牛の多くはホルスタインやジャージといった乳牛が多く、肉牛はあまり見かけない。たまに見ても遠目に見える牛舎で垣間見る程度。だから写真のような姿は新鮮で、自然公園で暮らす牛のようにも思えた。

 ちなみに牛は甲州牛で、と書くとなんかブランド牛=肉牛説明のようになってしまう。しかし、牛はそんなこちらの想像はお構い無しに、時に地響きを鳴らしながら走り、歩いては鳴き、のんびりと草を噛んでいる。闘牛のように向かってこられたら凄いことになりそうだと思いながら小一時間ほど眺めていた。

場所は山梨県立まきば公園。小淵沢から清里に抜ける八ヶ岳高原ラインの清里よりだというとわかりやすいかもしれない。公園内のあるまきばレストランは観光地として多くの人で賑わい目の前のヒツジにも子供たち集まる。しかし、少し歩いた先の八ヶ岳牧場内の甲州牛を見に来る人はほぼいない。広い草原の牛は普段見かける牛たちとはちょっと違った印象を与えてくれるオススメの場所。

届いた手紙

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以前書いた学生時代の友人の消息不明探しですが、追加で数通手紙を出していました。

残念な「宛先に尋ね当たらず」もありましたが、転送されて無事メールで返事が来た友人も数人いました。色々あったんだなろうなぁと思わせるメールや、変わらなそうな奴も。ひとまずは連絡がついただけでよかったと思っています。無事であるとわかっただけで。

 今回のタイミングは最後のタイミングだったようです。少し遅れたらダメだった。互いにどれほど話をしたいと思ったところで切れてしまったのだろうと思います。
話したいと思う人がいるならシノゴの考えずに行動するのが吉ですね。ひとまず、友人達に見つかった連絡先を知らせました。

 

 「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」

百人一首の中でもよく知られる恋歌。でも私の中では恋歌ではありません。瀬と滝川そして岩という言葉の強さと変化から、意志や思いの強さを感じる部分に惹かれます。「逢う」が愛する人でも、人ではなくとも好きな歌です。

 

広島と長崎、それぞれの実相

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昨日の毎日新聞「首相の被爆地あいさつ「文面が酷似」と怒りの声 官邸HP掲載の全文と同じ構成・表現」の記事を読みながら主張とは違うことを感じていた。
https://mainichi.jp/articles/20200810/k00/00m/010/072000c
簡単に触れると、官邸Webサイトで確認したが広島と長崎の二つの文章はともに約1100文字ほどで、表現が違うのは下記の約100文字1センテンスになる。他は同じ内容。

以下引用

→75年前の今日、一木一草もない焦土と化したこの街が、市民の皆様の御努力によりこのように美しく復興を遂げたことに、私たちは改めて、乗り越えられない試練はないこと、そして、平和の尊さを強く感じる次第です。
→75年前、一発の原子爆弾により廃墟(はいきょ)と化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。

引用ここまで。だいぶ前の話になるがコピペの話なども話題になるなど、この件については書かない。記事を読んで思ったのは別のことだ。

 

私は広島と長崎にそれぞれに5回訪問している。広島出身の友人が3名おり、一人からは辛い話を聞いている。爆弾のタイプの違いや威力、人々への影響などを見聞きしている。知っていると言うには謙虚さが足りないと思えてしまう。僅かを知るに過ぎない。
理屈ではなく感情面が先に立ってしまい理解はできずにいるようにも思う。

デリケートな問題だけれど正直に話せば、原水禁の活動や「核実験反対」、「核兵器反対」は知っているし僅かだが関わったこともある。それでも本当の意味で、そう皆が切実に伝えようとしている「実相」として捉えたならば二つの都市である広島と長崎の違いを私は分かっていない。ノーモア広島、ノーモア長崎は被爆都市として同列視させているようにも今回思えた。どうしても核について考えると一体になってしまうのはなぜだろう。今回、私は実相とは遠いところにいるのだと改めて思い知らされた。
「お前は広島と長崎、それぞれの実相を知っているのか、知っているなら広島と長崎の人達に何と話すのだ」そう問われた時、私はこの強い問いの答えをまだ持っていない。

ファーバーカステルとマルチ

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長く使っていていいなぁと思えるのは、上から6番目のファーバーカステル
現行品はコーティングがプラチナに変わりました。私は古いシルバーのタイプ。プラチナはいつも美しくシルバーは使わないとくすんでしまう。軸も使っているうちに色変わりし、手入れをせず、使わないと木製軸がトラブルを起こしかねない。手間が掛かる面倒さをどう考えるかで評価が変わるシャープペンシルです。

このペンはやや重めの万年筆を使う人にも向いている気がします。ペン先のシルバーの部分が長いのが特徴で、お陰で万年筆とシャーペンシルの握り位置が、私の場合はほぼ同じ距離になります。37gという重量も重めのペンを普段使っているとバランスがいい。

ペンを立てて先端を握る癖の人には後ろが重いし、扱い難いだけのペンかもしれません。
あとは資料説明に指し棒として使う際に便利。
無くてはならない大切な一本ですが、一度喪失感を味わったペンでもある…

 ぺんてるのマルチペン
色鉛筆の芯やボールペンなどが8本入るマルチペンです。
よく紹介され、好きな人は好きなペンですね。青いクリップは他にもオレンジがあり、今は市場にないのかなぁ。昔、輸出用が安く市場に出ていた時に購入したもの。残り二つのグレーは今も市場にあるMulri8です。芯の見える透明部分が元々はかなり狭いので、塗装を落としてよく見えるようにしてあります。これも長い付き合いになりました。